「死」と「治療費」の問題を政治家が本音で議論するのをタブー視すべきでない。
回復の可能性が低い、「死」を待つしかない状態に対し、医療はどうあるべきかを、政治家が本音で議論し、方向性を見出すことは極めて重要だし、その議論が透明化され、国民的議論になることをタブー視すべきではないと思う。
最終的には本人の意思が最も重要視されるべきであろう。
当然、末期には本人の意思は確認できかどうかはわからないので、エンディングノートは必要だ。
もしかしたら、エンディングノートを残しておくことで、何かしらのインセンティブを設けても良いかもしれない。親族に対しての。
ますます人口バランスが崩れ、現役世代が高齢者を支えるための負担は大きくなる。
「不治の確率が90パーセントとなったら、どうしますか?」
この問いに、自分自身が答える準備はしておいた方が良いだろう。